ペーパー産業カウンセラー@うるちんの雑感

産業カウンセラー(資格だけ)の隠れ部屋です。メンタルケアやストレスマネージメントについて(時々全く関係ないことも)、まったり書いてます。お気軽にどぞー(=´・ω・`)

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今日のひとことー(=´・ω・`)

こんばんぬ。
うるちんナリー(=´・ω・`) ←三十路


人事じゃないですよ?

今日の一言は

『明日の事は明日悩めよ。今日悩んでどうすんだよ。
今日悩むのは今日の事だけで充分だ。だろ?
(=´・ω・`)y─┛~~』


です。

確か、聖書に書かれていたような書かれていないような。
まぁ、キリスト様はこんなフランクな言い方はしませんが。


まぁ、当たり前と言っちゃー当たり前なのですが、
なるほど!(=`・ω・´)と思ったりします。
さすが神の子、いい事言います。


今日をのほほんヽ(●´∀`●)ノ と生きたって、
悩みながら、どうしよう?(=´;ω;`) と生きたって、
明日は明日の事で悩むんだから、どうせなら今日はのほほんとしてた方が( ・∀・)イイ!! ←最近のお気に入り

まぁ、明日困らない為の準備は大事ですけどね。



なぜ、こんな事をいきなり言い出したかと言えば、
明日、僕は仕事で怒られる事が確定しているからで。
謝る練習だけはして寝よう…。
(=´-ω-`)y─┛~~

すいません反省してますぅ(ノД`)シクシク



注:宗教を勧めるものではありません。悪質な団体も有りますのでご注意ください。


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[ 2011/05/10 23:33 ] カウンセリング関連 | TB(0) | CM(10)

『受容』と『共感』と『自己一致』その2

こんばんは。
うるちんです(=´・ω・`)
今日は共感についてのお話です。

カウンセラーに必要な態度である『受容』『共感』『自己一致』
その二つ目です。

一言で言ってしまうなら「相手と同じように感じる」ですかね。
来談者中心療法のカール・ロジャーズ曰く
「クライエントの私的な世界を、あたかも自分自身のものであるかのように感じとる」ことだそうです。

映画で言えば、まるで主人公になったつもりで映画に入り込む。
一緒になって
喜んだりヽ(●´∀`●)ノ
悔しがったりヽ(´Д`)ノ

ここで大事なのは、「あたかも」「まるで」と言うことです。
その人自身になってしまわないこと。
体験してるのは相手で、自分じゃないのだと、しっかり認識すること。
よく、「片足は川に、片足は岸に」なんて言われたりもします。

正直言って、相手と完全に同化してしまったら、こちらが参っちゃいます。
『火垂るの墓』を観て、主人公になってしまったら一発で胃がヤラれますヽ(´Д`)ノ
節子、それドロップやない! 節子ぉ~ヽ(´Д`)ノ

相手の事だと理解するのは、ホント大事です。
自分にあまりにも重ねてしまえば、「自分だったらこうするのに」ってなります。
でも、あくまでも相手の体験と感情。
答えも相手がオリジナルの答えを見つけるしか無いんですよね。


そして、『共感』は『同情』とは違います。
同情は自分目線です。上から目線です。
「気にするなよ」とか「そんな小さな事で悩むなよ」とかね。
まぁ、相手が悲しいのは分かっていても、自分の価値観を基準にしては駄目ということです。



個人的に、この『共感』、日本人は得意なんじゃなイカ?と思います。
空気を読む、察する、言葉になってない感情を読み取る。
日本人、得意そうです。
得意過ぎて、日常で疲れてしまうことが多いのだと思いますが。
多少空気読めない人のほうが、楽に生きてるような気もします。



以上、僕の思う『共感』でした。
次は『自己一致』です。

(=´・ω・`)y─┛~~


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タグ : カウンセリング 共感

[ 2010/12/03 22:06 ] カウンセリング関連 | TB(0) | CM(4)

聖徳太子と『受容』

今日も『受容』です(=´・ω・`)y─┛~~

日本で最初に受容の大切さを唱ったのは聖徳太子なんじゃないの?
と、僕は思うわけですね。個人的に。

例の「十七条の憲法」で。


十に曰く、忿(こころのいかり)を絶ち瞋(おもてのいかり)を棄てて、人の違うを怒らざれ。人みな心あり、心おのおの執あり。彼の是(ぜ)はすなわち我の非にして、我の是はすなわち彼の非なり。我必(われかなら)ずしも聖に非(あら)ず、彼必(かれかなら)ずしも愚に非(あら)ず、共にこれ凡夫のみ。是非の理、なんぞよく定むべき(略)

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%81%E4%B8%83%E6%9D%A1%E6%86%B2%E6%B3%95


現代語に訳すと、

十に言うから。うん、まあ、人が自分と違うこと言ったからって、そんなに怒るなよ。な?

人それぞれに考えがあるし、それぞれに自分がこれだと思うことがあるじゃん。

相手が「ヤッパこれしかないよね」といっても自分は「いやいや、違うでしょ」と思うし、

自分がこれだ!と思っても相手は「ビミョーヽ(´Д`)ノ」とか思ったり。

自分はかならず聖人で、相手がかならず愚かだというわけでもないしね。

みんな凡人なんだよ。フツー。そこそこ。

そもそもだ、これが良いとか、良くないとか、誰が決められるのか?って話なワケだ。

お互い誰でも賢くもあり、愚かでもあるってことだよ。(略)




さすが10人の話をいっぺんに聞くという聖徳太子。いいこと言う。
自分と違う意見にいちいち目くじらを立てるなと。
俺もお前もみんな凡人。どんな考えがいいとか悪いとか、そんなのないよ。
まさに受容です。

これが出来れば平穏に暮らせるはずなんですが、1400年経った今でもまだまだです。
何か有ったら思い出してみてください。


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タグ : カウンセリング 受容

[ 2010/11/22 00:10 ] カウンセリング関連 | TB(0) | CM(0)

『受容』と『共感』と『自己一致』(=´・ω・`)

カウンセラーの講座などを受けると、先ず叩き込まれるカウンセラーとしての態度。
それが受容』と『共感』と『自己一致です。
カール・ロジャースというカウンセリングの大先生は、相手を一人の人間と尊重するには、
この三つの態度が必要だと言ってます。

受容』『共感』『自己一致』に始まり、『受容』『共感』『自己一致』に終わると言う人もいます。
卵料理です


今日は受容について書いてみたいと思います。
自分なりの(=´・ω・`)y─┛~~

一言で言ってしまうなら、「相手をそのまま受け入れる」って事です。
自分の価値観とか経験とか、そんなもの関係無しに。

何でもアリ。
ノールール。
時はまさに世紀末状態。

それを、「はあ、なるほど。そういう考えてるのか」と受け止める。


外国に行けば、その国の価値観やルール、習慣ってのが有りますね。
舌を出して挨拶する国が有るかもしれない。
鼻をピクピクさせて( ̄ー ̄)ニヤリと笑うのが敬う態度なのかもしれない(ないと思うけど)
それを、日本の価値観で「失礼だ!」と怒っても仕方ないわけで。
「ああ、この国はこういう挨拶なのか」とそのまま受け止めればいいだけです。


赤い花に 「お前何で赤なんだよ!」とか
ライオンに 「可愛い子鹿を食べちゃうとか、それってどうなのよ?」とか、
そんな事言ったって仕方ないんですねぇ。


悩んでる人は、何かコンプレックスを持っていたりします。
それを「小さいことで悩むなよ」「それは甘すぎる」なんていちいち批判するような人に、
誰が悩みを打ち明けたいか?って話なわけですよ。


思い切って打ち明けても、自分をそのまま受け入れてくれる。
誰だってそんな人に話を聴いてもらいたい。
だから、受容』が必要なんです。


これが僕が思う受容』です。
次回は『共感』について書いてみたいと思います。

(=´・ω・`)y─┛~~

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タグ : カウンセリング 受容 共感 自己一致

[ 2010/11/18 20:27 ] カウンセリング関連 | TB(0) | CM(0)


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